人間国宝 吉田美統 釉裏金彩
石川加賀の伝統工芸である金箔と九谷焼が生んだ釉裏金彩。釉裏金彩は陶芸における技法の中でもっとも手間のかかるものの一つであるといえます。扱いにくい金箔を決まった形に切り取り、その組み合わせで模様を作っていく。金箔と釉薬だけのシンプルな組み合わせだけに、よりいっそう色彩のバランスや金箔の配置にも注意が要るものとなります。吉田美統さんは平成13年には国の無形文化財(人間国宝)に釉裏金彩の技法が認定されました。
■釉裏金彩(ゆうりきんさい)
釉裏金彩とは厚さの異なった金箔を切り取って模様をつくり、その上から透明度の高い釉薬をかけて焼き上げた、独特の作風です。金絵の具を使って筆で描く金襴手とは異なり、金箔を配置することで絵や模様を描いていくという技法です。
釉裏金彩の技法は昭和30年代竹田有恒(たけだありつね)氏によって確立されました。吉田さんが釉裏金彩を志すにいたったのは、ある展覧会で竹田氏の釉裏金彩の作品を目にしてからだといいます。金彩についてかなりの知識があったにもかかわらず、こういうものがあったのかと驚かされたとその当時の情景を振り返ります。それ以来30年以上かけて釉裏金彩の研究を続けてきました。
釉裏金彩は釉薬の下に金箔を置くことで、金箔が透明の釉薬によって柔らかみがもたされています。また従来の金彩は焼き上げた上に金で塗るので、使ううちにはがれるという欠点がありました。釉裏金彩は釉薬を金箔の上に施すので、金箔がはがれるのを防ぐ役割もあります。
■吉田美統と釉裏金彩
吉田氏の釉裏金彩は金箔を用いて細密に表現するところに特徴があります。金箔も厚箔と薄箔の二種類を使用しておりますので、表現の幅もより広いものとなります。また何よりも蝶の羽や葉脈にいたるまでひとつひとつの線が細かく描かれています。
■釉裏金彩の作業工程
まず釉裏金彩に使用する磁器を選ぶ。成形のあと温度を変えて2回焼くと真っ白な磁器が出来上がる。
吉田氏の作業はこの白い磁器前面に釉薬(上絵の具)をかけるところから始まります。吉田氏の作品にはグレー、紫、黄、緑といった色の背景色がメインで、それぞれ背景の色によって金箔の雰囲気が異なってくる。
下地に色をつけ、3回目の窯入れです。背景色を器に焼き付けてしまいます。
次にトレーシングペーパーにつけたデザインを、トレーシングペーパーの上から椿の葉ですりつけるようにして器に移します。このときに硬く丈夫で油分のおおい椿の葉を使います。これは昔からの伝統でデザインが移りやすい特性があります。
下絵を器に移した後、ひとつひとつ器にに番号をつけていきます。この一連の作業には多くの金箔を用います。細かいデザインでは100枚以上の金箔を用いることもあります。
器につけたデザインにあわせて、花びらや葉、茎など一枚づつ丁寧に医療用のはさみで金箔を切り取り、切り取った型にも番号をつけます。このとき医療用のはさみを使うことでは思い通りに金箔を切り取ることができます。
金箔の型がすべて切りそろったら、こんどは一枚づつのりで貼り付けます。のりを器の箇所に塗り、その上に金箔をピンセットでおきます。薄い金箔を使っていますので、しわがよったり重なったりしがちですが、30年以上の熟練の手さばきで難なくやってのけます。金箔をのせた後、軽く綿でたたいて金箔を器の面にぴったり合うように伸ばします。
金箔を貼りおえると4回目の窯入れです。窯は低温で金箔を焼き付けます。金彩の場合の、金を焼き付ける仕上げの部分に当たりますが、釉裏金彩ではこの上から透明釉をかけ、金を完全に覆います。この4度目の窯入れのとき、器の表面にある不純物を取り除く効果もあります。
窯から出し、最後の作業である透明のガラス釉をかけます。筆で丁寧に金箔のうえから器全体にかけます。
5回目の窯入れで完成です。ここで薄箔、厚箔がはっきりとあらわれ、作品自体に金箔によるコントラストができます。
■釉裏金彩の色彩
九谷の上絵付けには金が多く用いられます。金襴手、金彩、赤絵、彩色金襴手(庄三風)、粒などの技法によく使われますが、補色としてもその他の多くの技法に用いられます。
吉田氏の釉裏金彩では、金箔と背景色によるシンプルな彩色です。そのため背景の色によって金の見え方がまったく変わってきます。
主な背景色は黄、緑、グレー、紫、赤の5色とこの中の2色のグラデーションがあります。
緑 |
緑-黄グラデーション |
吉田美統氏の特徴的なカラーの淡い緑色、または黄色と緑のグラデーションは金とのコントラストが比較的低く、金を優しく包み込んでいるような雰囲気をだします。 |
赤 |
グレー |
それとは逆に赤や紫は背景色と金とのコントラスト高く、金箔の模様がはっきりとあらわれます。グレーはその中間のコントラストで落ち着いた感じが現れます。 |
■二種類の金箔
吉田氏の釉裏金彩では2種類の厚さの金箔が使われています。薄い金箔(薄箔)と厚い金箔(厚箔)を場面ごとに使い分けることで、立体感を出すことができます。主に花びらや鳥のようなメインになる部分には、厚箔を用い、葉の部分には薄箔を使用します。
金箔の強さは焼き上がるまでは、一枚の金箔として同じように見えますが、焼き上がると薄箔は釉薬に溶け込む寸前のように薄く透けて見えるようになります。その反面、厚箔は金箔がはっきりとあらわれます。
このように2種類の厚さの金箔を用いることで、より複雑な表現を可能にしました。
■釉裏金彩の題材
吉田氏は題材探しによく散歩に出かけます。季節ごとの草木や花といったテーマが主に吉田氏の釉裏金彩の題材として使われます。その中でも、椿や牡丹、もみじ、鉄線といったデザインがよく使われています。
自然の描写が多い中、幾何学的文様も吉田氏のテーマによく取り上げられます。
多くは自然の題材を中心にして、幾何学的文様で全体のバランスを補うような構成がよくとられています。
四君子がテーマのこの作品では、蘭、菊、竹、梅の文様がそれぞれ丸く円状に描かれており、一種の幾何学的文様を自然のテーマで描いているようにも感じ取られます。
■釉裏金彩の難点
釉裏金彩は多くの作業工程を要し、現在の陶芸技法の中でももっとも難しく、手間のかかるものです。窯焚きだけでも5回、金箔をひとつひとつ切り取り、糊付けし丁寧に貼っていく作業だけでも気の遠くなるような作業です。このように手間のかかる作業なので大量につくることが困難となります。
また最後の窯焼きの時間や温度の違いで金箔が釉薬に溶けてしまったり、金箔の効果が思うように出なかったりすることがあります。窯で焼く時間が5分から10分長いと、薄い金箔が最後にかけた釉薬に溶けてしまい、ある箇所だけ金箔がぼやけてしまうこともあります。また窯焼き時間が短すぎると、金箔の効果が思うとおりに現れません。このように一連の作業を通して微妙なバランスが作品のよさを決めるため、完成まで気が抜けません。
■九谷焼、金箔、釉裏金彩
石川県金沢市は金箔の産地として有名です。窯全国でも約95%以上の金箔が金沢で生産されています。この金沢、加賀地方でもうひとつの産業である九谷焼も長年加賀藩前田家の保護のもと発展してきました。
釉裏金彩は九谷焼と金箔の技術を融合してできた加賀地方独特の技法であり、こういった地域的な特徴がはっきりと現れているようにも感じられます。また長年の吉田氏の努力の結果、九谷焼にも金箔の芸術にも新たな新境地がもたらされたのではないでしょうか。